にわか考古学ファンの独り言(旧石器時代)

 ホモ・サピエンスとは

 人間とは何か。こうした問いかけに,さまざまな答え方ができますが、とくに私たちホモ・サピエンスには「芸術家」という称号がぴったりでしょう。私たちとは異なる人間であるネアンデルタール人にも芸術の芽生えはみられ、動物の歯に穴を開けたペンダントなどは持ったようですが、創造性豊かな絵を描いたりするまでには至らなかったようです。

 ホモ・サピエンスはすでに7万5000年前から絵を描いていた証拠があります。南アフリカのブロンボス洞窟からは、幾何学的な模様が描かれたオーカー(顔料石)が見つかり、胸元の装飾品である貝殻のビーズなども発見されています。

 およそ4万年前の後期旧石器人たちは、フランスのショーヴぇ洞窟のキャンバスともいえる壁面に思い切り動物たちを描きました。サイ、マンモス、ヒョウなど描かれた動物は、20世紀キュービズムピカソの出現をまたなくとも、その立体感は完成され、いまにも動き出しそうです。また、ドイツのガイセンクレステレ遺跡などからは骨製のフルートが見つかっており、後期旧石器人たちが音楽を奏でていたこともわかります。

 日本列島を駆け抜けた後期旧石器人たちも、芸術を愛でた人たちだったのでしょうか。残念ながら、フランスのように洞窟の発達しない日本では、洞窟のキャンバスに絵が描かれることはありませんでした。ただ、千葉県上引切遺跡で発見されている礫に刻まれた幾何学的な文様などが、芸術の手がかりを与えてくれています。

 装飾品であるビーズは、北海道のピリカ遺跡や湯の里4遺跡、柏台1遺跡で発見されています。焼成された針鉄鉱など赤色顔料も柏台1遺跡で見つかり、赤という象徴的な色が何かに塗られたことがわかります。湯の里4では赤色土が墓とみられる場所にまかれていました。

 コケシと通称される大分県岩戸遺跡の岩偶は、シンボルとして用いられたのかもしれません。静岡県富士石遺跡から出土したペンダントには、14の切れ込みがあり、ひとつひとつの数を記憶として刻み込んだ可能性があります。

 シンボルをもったり、芸術をおこなうという象徴的行為は、生命の維持といった生物学的観点からは、かくべつ人類に必要ないものです。本来、十字架というシンボルや絵・彫刻がなくとも、食料さえあればヒトは生きていけます。だからヒト以外の動物が、芸術のようないわば無駄な行為をすることはありません。

 しかし、生物学的には無意味とも思えるこの行為にこそ、私たちがホモ・サピエンスである証しがあります。シンボルや芸術は、文化的な装置として生命や社会の維持を担います。それらの放つメッセージは人びとに共有されます。ピカソゲルニカという絵を見て、私たちはその背後にあるナチズムの残酷さを暗に読み取ることができるように。

(参考文献)

堤隆「ホモ・サピエンスの美学」『旧跡時代ガイドブック』新泉社2009年