にわか考古学ファンの独り言(縄文時代)

 縄文土偶について

 縄文人の道具には、日常生活を支える実用的な道具類と、儀礼祭祀などの宗教的活動に関わる象徴的器物です。小林達雄はそれを「第一の道具」と「第二の道具」と呼んでいます(小林達雄1996)。縄文時代の遺物のなかには、縄文文化に固有の「第二の道具」が数多くあります。それらは直接生産に関わる第一の道具とともに、縄文人の文化と生活の維持にとって不可欠の機能をはたしたと小林は述べています。

 土偶は第二の道具の代表格であり、縄文時代を通じてさまざまな形式の土偶が作られました。その発生は古く草創期にまでさかのぼります。滋賀県相谷熊原遺跡と三重県粥見井尻遺跡の出土例が現在のところ最古であります。どちらも象徴的な形態で、乳房ははっきりと表現されているが顔面や手足はありません。相谷熊原遺跡出土の土偶はわずか3㎝ほどの小さな粘土像であり、大きな乳房が付くが顔面はなく、上部に小さな穴があけられています。早期になると関東地方や近畿地方土偶の出土例が増加しますが、小型で抽象的な造形が続きます。土偶の変遷を総説した原田昌幸は、こうした初期の様相を「発生期の土偶」と捉えています(原田1995)。発生期の土偶は、女性的な精霊の姿を抽象的に表現するものであり、縄文人の原初的な神観念を映し出しています。

 土偶について詳しく観察してみると、土偶は女性像であるといわれています。乳房や妊娠した腹部・女性器・臀部など、確かに女性の特徴を象徴的に表現したものが目立ちます。妊娠期の正中線の表現が指摘されている土偶もあります。土偶を多産を通じた豊穣の願いなどの対象と考えると、繋がりが指摘されている農耕文化の「地母神信仰」が思い浮かびます。

 しかし、経文土偶の特徴は、「特別な機能を持つ部分」へのこだわりがあります。それが、乳房やヘソや女性器を強調する造形となっています。そのなかでも「ヘソ」に対するこだわりには強いものがあります。新たな命は、母とへその緒で繋がれて誕生するからです。特別な機能を持つ部分は、胴部に集中しています。

 注意を要するものは顔や全身の形態です。女性の「産む」・「育てる(母乳)」・「証(正中線)」・(絆(ヘソ)」という4要素を印象付ける胴部の具体的な表現に対し、手足や顔はあまりにも省略化・抽象化されすぎています。

 縄文土偶が人間の女性を意図的に表現したものならば、なぜ人間に特徴的な手足や顔が、胴部と全く違う作りになっているのでしょうか。

 人間集団が滅びないためには、新たな命の誕生が不可欠です。妊娠した女性と新生児と幼児の存在は、最も重大な関心事であったはずです。女性の生む力と新たな命の誕生と死は、食べることと同じく必然的であり、最も身近な出来事であったものと考えられます。

 縄文土偶の姿は、女や男でなく、「特別な機能を持つ部分」と生まれる命と失われる命に対する強い意志の表れが、新たな命を生み出す男女の性を包括した、超人間的な精霊体を創造した造形であった可能性があります。

 土偶の歴史に画期的な変化が現れるのは中期です。明確な顔面表現と手足をもった立像系土偶が発達するとともに、型式として識別できる特徴的なタイプが東日本各地に現れます。長野県棚畑遺跡出土の「縄文のビーナス」や、山形県西ノ前遺跡出土の「縄文の女神」(いずれも国宝、愛称)は中期の立像形土偶の自眉といえます。東北地方北部の円筒土器分布圏では脚のない板状の十字型土偶が発達しました。土偶を多量に保有する遺跡が現れるのも中期の特質であり、青森県三内丸山遺跡では約2000点、山梨県釈迦堂遺跡では1000点以上の土偶が出土しています。

 中期に生じた土偶の劇的変化は、当時の人々がもつ心霊観念が具体的な心像となり、各地の地域集団が個々に固有の神霊を信仰していたことを推測させます。この傾向は後期・晩期にさらにはっきりしたものとなり、数々の個性的な土偶型式を生み出していきました。後期前葉の堀之内式にともなうハート型土偶、十腰内I式土器にともなうO脚板状土偶、後期中葉の加曾利B式土器にともなう山形土偶、後期紅葉の安行式土器にともなうみみずく土偶、晩期の亀ヶ岡式土器にともなう遮断機土偶などがよく知られています。ちなみに、これらの土偶の名称は、体や顔面の表現の特徴を捉えて付けられたあだ名が術語になったものであり、本質とは関係ありません。

 第二の道具の中で土偶が最も早く表れたのは、おそらくそれが人間にとって最も根本的な祈りに関係するものだからです。基礎的な生活力を確立する過程にあった草創期・早期に、豊穣や多産への祈りが先行して現れたのは自然なことであり、そのような神霊が女性のイメージと結びついて表現されたことも象徴の形態としてごく自然であったと思われます。

(参考文献)

谷口康浩「祈りの形象と神観念」『入門縄文時代の考古学』同成社、2019年

井口直司「縄文土偶と女性表現」『縄文土器土偶角川ソフィア文庫 平成30年